2022年2月9日
(2021年11月にMicrosoft社事例紹介サイトに掲載された内容です)
建設機械メーカーであるコマツ (株式会社小松製作所) の 100% 子会社として、各種プレス機械や板金機械、レーザー加工機などの産業機械を設計、販売サービスするコマツ産機株式会社 (以下、コマツ産機)。ここでは 2009 年から、コマツの建設機械に標準装備されている「Komtrax」の思想を受け継いで開発された産機Komtrax が運用されていますが、2020 年 10 月より Azure AI と組み合わせた「予知保全システム」のサービスを開始しました。これは産業機械の制御コンピューターから得られるデータを産機Komtrax で収集かつ前処理したうえで、Azure Machine Learning によって劣化部位を特定すると共に、Azure 上のアプリケーションで保守部品の残存寿命を計算するというもの。交換対象となる部位をピンポイントで把握し、その交換時期も予測することで、保全業務の効率化と交換部品の最適化が可能になります。また劣化部位や残存寿命の可視化では、Microsoft Power BI を活用。既にトヨタ自動車株式会社 (以下、トヨタ自動車) での活用が進められており、保全業務の効率化に大きな貢献を果たしつつあります。
ラインの停止が大きな損失につながる製造業の生産現場。その原因となる製造設備の部品故障はできる限り回避すべき問題であり、そのために先手を打って定期的に部品交換を行うことは珍しくありません。しかしその結果、メンテナンス工数や交換部品の数が増大し、コストの最適化が難しくなるという悩みもあります。これを IoT と AI を活用した「予知保全」によって解決に向けて取り組んでいるのが、コマツ産機です。
「当社は建設機械メーカーであるコマツの 100% 子会社で、小型から大型までの豊富な機種のプレス機械に加え、板金機械やレーザー加工機などもラインアップに揃える産業機械メーカーです」と会社の事業内容について説明するのは、コマツ産機 代表取締役社長の北出 安志 氏です。本社を石川県金沢市に置き、顧客は日本の自動車メーカーを中心に、アメリカ、中国、タイ、インド、ドイツ、インドネシア、メキシコ、ブラジルの 8 か国に 16 の販売サービス拠点を展開。デジタル化や IoT 化にもいち早く取り組んでいると語ります。
同社のデジタル化や IoT 化の柱になっているのが、2009 年から展開している産機Komtrax です。これはコマツの建設機械に標準装備されている「Komtrax」の思想を受け継いで開発された、工場設備の稼働管理システム。顧客への対応を俊敏にすると共に、次の開発にもフィードバックするために、顧客に納入したプレス機械などの稼働状況やエラー状態をネットワーク経由で収集しています。現在では世界で約 4,000 台の産業機械に搭載され、それらのデータが日々クラウドに集められているのです。
「しかし以前は事後保全時の対応の迅速化にとどまっており、機械が止まる前に対応するには、生産回数や稼働時間を目安に定期的な部品交換を行う必要がありました。産業機械市場では、加工精度や省エネといった機械自体の性能だけでは、もはや差別化を図ることが困難です。定期的な部品交換に伴うメンテナンスの頻度を低減すると共に、機械が止まる前に保全するというしくみの実現は、お客様の業務効率化に貢献し、新たな価値の提供につながるはずだと考えていました」 (北出 氏)。
そこで 2016 年に着手したのが、予知保全システムの構築です。コマツ産機の主要顧客の 1 社であるトヨタ自動車と共に、実証実験が進められていったのです。
「予知保全で目指しているのは究極の保全形態の実現です」と語るのは、コマツ産機 ICTビジネス推進室 室長の道場 栄自 氏。「稼働時間や生産回数を基にした部品交換ではまだ使える部品でも早めに交換することになりますが、部品ごとの故障発生を予知できるようになれば、部品交換の頻度を最適化できます。これによってこまめな点検も不要になり、お客様の保全費も削減できるはずです」。
当初はプレス機械に数多くのセンサーを取り付け、現場で故障の予兆を把握することも検討したと道場 氏。しかしこれまでの経験で、このような方法ではセンサーの値を確認するために現場に行く作業が新たに発生したり、センサーが先に故障してしまったり、現場に蓄積された膨大なデータを活用しにくかったりといった問題があったと振り返ります。そこで採用したのが、IoT 化することにより産機Komtrax で得られるデータを最大限に活用し、しかもセンサーレスで部品状態を可視化する方法でした。
「まずはサーボ モーターで駆動する『サーボ プレス機』に焦点を絞り、サーボ モーターを制御する波形や電流値の変化などを取得することで、部品の消耗状態を把握することにしました。これらのデータを集めてさまざまな手法で解析を行い、どの手法が最も精度よく部品の消耗度合いを表現できるかを 2 年近くにわたって検証してきたのです。その後さらに AI を活用した判定にも着手。自分たちで Python でプログラミングを行うなど、これにも 1 年がかりで取り組んできました」 (道場 氏)。
この間にノウハウを蓄積し、予知保全の実現に目処を立てたうえで、機械学習を行うための環境選定に着手。ここで最終的に選ばれたのが、Microsoft Azure と Azure Machine Learning でした。その理由をコマツ産機 ICTビジネス推進室 副主事の正藤 勇介 氏は次のように説明します。
「今回構築した予知保全システムでは、多くの機械からデータをクラウドに集め、クラウド上で学習を繰り返すことで改善および性能向上を重ねていくことをねらいました。そのためにはクラウド上で動く AI が必要です。その中で Azure Machine Learning に着目した理由の 1 つは、コマツ グループのクラウド プラットフォームとして Azure が採用されていたことです」。
しかし採用理由はこれだけではないと正藤 氏。共通の評価試験問題を準備し、他社 AI の正答率を比較した結果や、導入に必要なコストも重視したと語ります。
「実機テストを行った結果、Azure Machine Learning の正答率は他社の機械学習ツールと同等であるにも関わらず、コストは圧倒的に低いことがわかりました。オンプレミス サーバーを一から構築した場合の AI 診断システムと比較すると、Azure 上でのサブスクリプション形 Azure Machine Learning のコストはわずかであり、初期投資を抑えてコンパクトに開発を進める事が可能になるとわかりました」。
2019 年 10 月には実証実験から、Azure 上で構築されたシステムでの正式サービスへと移行。さらに 2020 年 11 月には ICT 活用ビジネスを推進するため、開発、営業、カスタマーサービスなどの各部門から横断的に人を集める形で社長直属の「ICTビジネス推進室」を設置。予知保全のビジネス推進もこの組織が担当することになります。
予知保全システム全体のフローは図に示すとおり。サーボ プレス機のデータは、サーボ制御を行う CNC※1 から工場に設置された産業用 PC が取得。その後、Komtrax 端末でデータを前処理し、特徴値を Azure へと送信します。Azure 上ではまず、MT 法※2 を実装したアプリケーションによって異常の程度を定量化し、異常レベルを算出。これが一定以上になった場合に、Azure Machine Learning で構築された予測モデルに解析波形を読み込み、劣化部品を特定することで残存寿命を割り出します。 サーボ モーターごとの駆動部の劣化状態は Web 画面上で、青/黄/赤の色によって直感的に把握できるように表示。これらをクリックすることで残存寿命のグラフも見ることができます。なおこれらの可視化には Microsoft Power BI が活用されています。
※1 CNC:Computerized Numerical Control。コンピューターを用いた数値制御、またはその制御を行うコンピューターのこと。
※2 MT 法:マハラノビス・タグチ法。多変量解析に品質工学の理論を融合させた手法群である「マハラノビス・タグチ システム」の 1 つであり、予測やパターン認識を行う際に用いられます。
それでは Azure Machine Learning の採用は、予知保全の実現にどのような貢献を果たしているのでしょうか。これに関してコマツ産機 ICTビジネス推進室でAzure上での開発業務に従事している野﨑 永莉 氏は、次のように述べています。
「Python でのプログラミングを経験したとは言え、当社には専門のデータ サイエンティストがいるわけではなく、AI や機械学習に関しては素人集団です。しかし Azure Machine Learning は使い勝手が良く、自分たちでも十分に正答率の高い学習モデルを構築できました。2020 年夏からはドラッグ & ドロップ操作で学習モデルを構築できる Azure Machine Learning デザイナーも使用していますが、簡単にパラメーターの変更/テスト/評価が行えるため、アルゴリズムの選定とパラメーター調整がさらに容易になっています。またプロセスがブラック ボックスではなく、エラーや時間がかかった箇所が明確にわかります。デザイナーのほかに AutoML (自動機械学習) での解析ではどの因子が判定に影響を与えているのかモデルの解釈が視覚的にできるので、どのように調整すべきかの方針も立てやすいだけでなく、お客様に説明しやすいというメリットもあります。そしてもちろん、日本マイクロソフトの技術陣の方々によるサポートも、たいへん助かっています」。
またカスタマーサービス部門から参画した ICTビジネス推進室 副室長の大関 慎也 氏は、次のように語っています。
「以前は可視化部分をスクラッチで開発していましたが、これを Power BI に置き換えることで、スクラッチ開発からの脱却が可能になりました。コードを書かずに画面を作成、改良できるため、開発工数が大幅に削減しています。Power BI は Azure 上での運用を開始した後から使い始めましたが、こういうBI ツールはどんどん活用すべきだと考えています」。
現在の対象機種はまだ大型サーボ プレス機に限定されていますが、それでも顧客の生産現場では、次のような効果が得られていると大関 氏は語ります。
「大型サーボ プレス機は高さが 10m 程度あるので、機械上部を点検するだけでかなりの時間がかかっていましたが、いまではその工数が大幅に削減されています。また部品劣化の程度を定量的に把握でき、Azure Machine Learning で劣化部位を細かく特定することも可能になってきました。トヨタ自動車様では既に、残存寿命グラフを見ながら計画的な部品交換を実施する検討に入っており、対象部品の交換頻度を必要最小限にすることを期待されています」。
今後は予知保全の対象機種や部位を拡大していくことが予定されています。またこれに加え、ビジネス推進に向けた検討も進められています。
「コマツ産機の全ての製品は産機Komtrax によって Azure に接続されていき、今後はさまざまな情報との掛け合わせによって、予知保全を始めとする多種多様な ICT ソリューションを生み出せるのではないかと考えています」と述べるのは、ICTビジネス推進室 副室長でビジネス領域担当の木下 洋 氏。常に最適なツールを活用しながら、顧客はもちろんのこと、社内的にも有益な気付きが得られるソリューションを創出していきたいと言います。「Azure 上にデータが集まってくれば、その使い方に関するノウハウも蓄積されていくはずです。これによってお客様の “困った” の解決や、”こういうものが欲しい” というご要望にも対応しやすくなるでしょう」。
もちろん国内だけではなく、海外への展開も視野に入っています。日本の製造業は海外工場の状況を日本本社で管理する必要があるため、産機Komtrax をベースにした予知保全や各種 ICT ソリューションは、管理工数の削減に大きな貢献を果たすと期待されるからです。
「予知保全の実現は商品そのものの差別化だけではなく、サービス業務の効率化という新たな差別化要因を当社にもたらしてくれましたが、今後もさらに新たなソリューションを提供していきたいと考えています」と北出 氏。同社の製品は 20 年、30 年と長く使われるものであり、顧客とも長い付き合いになることがほとんどですが、世の中は速いスピードで変わっており、これに追いついていくには立ち止っていてはだめなのだと語ります。「そのためには常にイノベーションを生み出し続けているパートナーが必要です。マイクロソフトには今後も継続的にご協力いただくことを期待しています」。
ー北出 安志 : 代表取締役社長
コマツ産機株式会社
ー道場 栄自 : ICTビジネス推進室 室長
コマツ産機株式会社
ー木下 洋 : ICTビジネス推進室 副室長
コマツ産機株式会社
ー大関 慎也 : ICTビジネス推進室 副室長
コマツ産機株式会社
ー正藤 勇介 : ICTビジネス推進室 副主事
コマツ産機株式会社
ー野﨑 永莉 : ICTビジネス推進室
コマツ産機株式会社